『南伊予・西土佐の道』:司馬遼太郎 街道をゆく14

司馬遼太郎先生の『街道をゆく14』読了。

今回は愛媛県の南伊予、とそこから最後に高知県の西土佐。


愛媛の名の由来は古事記に出てくる女の神様、愛比売(エヒメ)が由来という。つまり女神の地。
四国は、愛媛(伊予)と徳島(阿波)が女神の国で、香川(讃岐)と高知(土佐)は男神の国だという。つまり四つの国がすごく特色がはっきりしているらしいのだ。
確かに本州、北海道、九州に比べ小さい四国なのに、訪ねるとそれぞれ四つの街並みや食や人柄が違うと思うし、四国出身の人も、四国一つで括れない違いがあると感じる。

最近見たブラタモリの“さぬきうどん”の回で行ってたけど、年間降水量の一番少ない都道府県は香川県で、逆に一番多いのが高知県だと。一番多い場所と一番少ない場所が小さい島に同居してるってのがおもしろい。そして、それが、各県の特色を醸し出しているのだろう。

そんな全く違う伊予と土佐の国境を巡る数々のエピソード、抜群におもしろいです。



京都の竜安寺の石庭の石のそばに、お寺の奥さんが電気洗濯機を置いたりすればどうだろうか。
「それは美観をそこねる」
という側に対し、置く側は、他に適当な置き場所がない。電気洗濯機は家庭の衛生のために欠くべからざるものである、というようなものである。
 私どもはさまざまな点で奇民族だが、景観美についても、矮小な精神を持っている。すぐれた景観の自然のなかに村があっても、家々に塀があって、塀の囲いの中にちまちまとした庭をつくり、その小庭のほうをながめてよろこぶ通癖をもっている。
「そとはすばらしい自然じゃないか」
と、私の知人のイギリス人が私に理由の説明をもとめたことがあるが、私には説明ができなかった。
 ひょっとすると、自然や都市美を共有する精神がないのではないか。《p54 大洲の旧城下》


ともかくも明治維新が革命であったことの小さな証拠がここにもある。たいていの近代革命が言語改革や文字改革にに手をつけたが、明治維新もまたそうであったといえる。《p78 卯之町》


戦国期に土佐兵がしばしばこのあたりを侵略した。
憎悪のほうは戦国期にさかのぼるであろう。戦国期に、侵略してくるのはかならず農業生産のひくい土佐のほうからで、生産力の高い伊予側から押し出すということは、まずなかった。《p176 松丸と土佐》
戦国期には一条氏のあとの長曽我部氏によって伊予は土佐兵のわらじの下に蹂躙されるのだが、平和な江戸期に入ると、藩境い付近ではこの事情が逆になった。伊予は商品経済の先進性を示し、この小さな旧宇和島藩領松丸村が、他藩ながら、広大な西土佐(幡多郡)を市場にしてしまうのである。その傾向は、中央の大企業が伊予も土佐もなしに大網にかけるようにして併呑してしまうまで、ごく最近までつづいた。《p180 松丸と土佐》


松野という集落が、伊予という先進的な商品経済を背景にして藩境いでの最前線になり、「後進地帯」である西土佐を自在に市場化していたにちがいない。一方、土佐では、伊予藩は肚が黒いというイメージが、老若男女となく固定化してしまっている。
つまりは、商品経済というのは人を賢しくするということだろう。商品という「物」は人間に物の軽重良否を認識させ、また小さな「物」を見ても大きな経済にむすびつけて考えるという能力を身につけさせて、純農地帯とはちがった文化を生む。《p181 松丸と土佐》

角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

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