アボリジニの現代アートと聞いて、なんとなく観てみたくて行ってきた。
でも、その背景を全く知らなかった。
1,850 キロの砂漠の一本道(ワンロード)をアボリジニ・アーティストたちは旅した。
失われた歴史を誇りを取り戻すために― オーストラリア西部の砂漠地帯を縦断する一本道(ワンロード)、キャニング牛追い(ストック)ルート。
今から100 年以上前、ヨーロッパから来た入植者が北部の牧草地から南部の食肉市場へと牛を移動させるために切り拓いたこの道で、先住民アボリジニは初めて「白人」と遭遇し、その生活を激変させることになります。
「ワンロード」展は、かつてそこに住んでいたアボリジニとその子孫であるアーティスト60 名が、2007 年に1850 キロの道を5 週間にわたって旅をし、「白人」の側からしか語られて来なかったキャニング牛追いルートの歴史をアボリジニ自らがたどり直す過程で描いていった絵画を中心に、映像、写真、オブジェ、言葉によって構成される、アートと人類学を架橋する稀有でダイナミックなプロジェクトの記録です。《HPより》
彼らアボリジニーの神聖な地は、20世紀の入植者たちの経済活動《牛追いルート》のため、新たな道を開き、井戸を掘られ、新たな地図が引かれ、陵辱されたのだという。
公式カタログで池澤夏樹さんが書いている。
「ドリーミングという概念がある。なんとも説明しようもないものに無理に英語を当て嵌めただけで夢とは関係がない。人と世界が存在することを説明する神話体系と考えるといい。淡く遠いものでも抽象的なものでもなく、がっしりとした実在感がある。ドリーミングは創造主、あるところで生まれ、移動して、その途中で何かを作り、あるところで消える。人はその道に沿って旅をするのであって、その経路はソングラインという歌で伝えられる。」
「アボリジニは文明を構築しなかった。進歩という偽の神に仕えることなく、ドリーミングに依る生きかたを何千年も維持した。まさにサスティナブル。その生きかたを壊したのは資源の枯渇ではなく外来の「文明」だった。
そして彼らは画家として生き延びた。」
作品を観ていて、打ちのめされ、そして体がだるくなり、ひどく疲れた。
ひとつひとつ、根源的な地を描く”絵”には、多分、精霊が宿っていて、、、それが僕の中を貫いていく感じがした。だから疲れるのだろう。
憑かれると、疲れるのだ。
そして僕に宿ったモノは何のかを、考える。
舘を出ると、ダム湖畔の美術館なので、湖が広がる。気持ちいい静かな美術館。
でも、この景色も、僕らが文明を受け入れて、築いてきた景色なんだって想う。
特に僕の故郷でもあるここ千葉なんて、いろんな干拓や治水工事が昔から行われ、田畑ができ、かつては御料牧場だし、そこに空港ができ、たくさんのゴルフ場ができ、そしていたるところにベッドタウンがある。
そんなベッドタウンで、僕は生まれ、そしてそんな景色の中で僕は育ったのだった。
僕らのドリーミングは何だろう?
そして僕らのソングラインは?
そんなことを考えた。
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