『さらけだす勇気』:コルク佐渡島庸平さんの文章から

編集者でコルク代表の佐渡島庸平さんのこの文章、すごく良かった。まずは読んでみてください!↓
この佐渡島さんの想い、僕にもすごくある。
テレビを長年作ってきたけど、テレビって演者さんだったり、スタッフが多いから、実は自分のことを“さらけださなくても”番組が作れるのだ。
例えばさんまさんの番組で自分をさらけだしてるのは、さんまさんにいじられる出演者だったり、会話の中によく出てくる大竹しのぶさんだったり(笑)、それこそ一番はさんまさん自身だからだ。

スタッフが、仮に番組の中で自分のセンスをさらけだして作っていても、組織の中ではさらけだしていないように、むしろ逆の虚勢をはることが多い、「裏方に徹せよ」的な。

という意味では、僕はむしろ自分をさらけださないために、テレビ局に長年いたんだとも言える。ディレクターとかプロデューサーとか名乗ってみてはいても、個人のセンスや個人の名義で、作品を作ることが怖かったのかもしれない。それは自分のセンスが無いのがバレるのが、実は怖いから。さらけだしたく無いから。

そしてそれはテレビだけでなく、会社や組織の中では多かれ少なかれ皆そうなのではないか?(だから佐渡島さんの会社コルクでも“さらけだす”をわざわざ行動指針にしてるわけだし)

むしろ組織の中って、いかに自分をさらけださないか?に普請してることが多い。
個人が自分をさらけださないで、それでも何か商品やサービスを生み出すために、組織の中で普遍的な基準や指針をルールを作り、それに従うことで、クオリティを担保させるとでもいうか。
そしてその基準や指針にガチガチな人は、それこそ組織のためによかれと思って、仕事ができる人ほどむしろ自分をさらけださないし、さらけだす人を、目立ちたがり屋とか和を乱すとか、煙たがる傾向が多いと思う。

タレントさんやアーティストさんと一緒にいると、その自分を“さらけだす”ことの勇気を半端なく感じる。
だって個人のセンスと名義で全面で闘ってる人たちだから。だから僕は職業柄、そんな半端なくさらけだしてる人と日々触れ合ってみて、自分に対する半端者感が、それこそ半端なかったのだ。

「自分はタレントやアーティストではないから、さらけださなくてもいいんです」
当然、それでもいい。
でも昨今騒がしてるいろんな企業の、各種の問題って、自分たちの恥部を、さらけださないで、むしろ隠蔽してたから、それがバレた時に一気に問題になってることが多いんじゃないだろうか?
それは情報&人工知能革命(IAI革命)で、もはや隠すことが困難になってるから。多かれ少なかれバレるものはバレるのです。

むしら全面“さらけだす”誠実さこそが、これからもっとも求められること。
社会に対して、その組織や企業自体も、企業の良いところも至らぬ点も“さらけだす勇気”が無いと、存在できないと思う。

てことは、組織や企業に『さらけだす勇気』がどんどん求められてる中、その中の個人がさらけださなくて済むことは無いんじゃないだろうか?

僕らは、未来に対して、今一度『さらけだす勇気』をもつ必要がある(と思う)。


角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

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