民主主義と疎外感


アメリカ大統領選でトランプが勝った。

選挙前から、トランプの言っていることには、なんら共感は感じなかったけど、トランプの不支持の理由で一つだけ腑に落ちないことが僕にはあった。

それは、

「トランプは政治未経験なんだぞ、そんな奴に大統領ができるのか」

的な論調。

だってこの考え方を進めると、政治は経験者しかやっちゃいけないことになるし、政治村出身じゃないと大統領になれないし、さらに突き詰めれば、世襲議員の方が、親の代から政治を知ってるし、政治エリートこそが政治を進めるべきだ、、、ってことになっちゃうんじゃないか、って感じていたからだ。


多分世界の歴史上、政治以外でも、こうやってある職種を担うのは、代々その職種をやっている人で、その子孫が継いで、ってだんだんなっていって、いつしか身分というものができ、王族や貴族、そして階級というのが生まれて行ったんだって思った。


そして身分制度とは、他者と自分を区別するという意味で、疎外感を助長する。そんな疎外感を否定するために、旧大陸から新大陸に渡って、先人たちはアメリカ合衆国という国を作ったんだと思う。

アメリカは身分制度という疎外感を否定して、民主主義というイデオロギーが作った人造国家なのだけれど、それから200年以上経つと、政治貴族という身分制度がまた新たに生まれるんだな、とか思っていた。


という意味で、今回そんな新たな身分制の誕生を阻止した現象、つまり政治の素人でも、むしろ金持ちだと何にでもなれるという、アメリカンドリーム的な体現者であるトランプ大統領の誕生は、極めて資本主義的だし、極めて民主主義的であると思う。いいか悪いかは全く別にして。

というか、それが資本主義と民主主義なんだと思う。


クリントンを支持しなかった人たちは、きっと自分たちの境遇に疎外感を感じていたんだと思う。

そして、トランプは、その疎外感を払拭するために、自分たちの外側を疎外することで、あなたたちは疎外されていませんよ!と訴えて支持され大統領になった。


つまり、疎外感から抜け出すために、新たな疎外感を生もうとしているのだ。


民主主義というのは、実はみんな仲良くなんじゃなくて、政党やグループや組織を作って、他の自分たちと相容れない集団を疎外することで、民意を作っていく構造なのだろう。

そして資本主義も、同様に自分たちの集団(自社)が、他集団(他社)より優れているから、利益を生むんだという、疎外感を助長するシステムなのだろう。

そうすると、資本主義の勝者トランプという人が、民主主義の体現=人気投票でも勝利するってのは、至極当然に思える。、、、何度も言うけど、いいか悪いかは別にして。


疎外感、今、世界がそれにあふれていると思う。日本でもそう。

今、僕自身もすごく感じている。

それは高度に資本主義と民主主義が進むと生まれる疎外感だし、それに争うように強まるナショナリズムと宗教の原理主義から生じる排外主義でもあるし、集権主義からくる組織からはじかれる個人としての疎外感だし。


この疎外感のスパイラルから、なんとか抜け出さないと。疎外感に疎外感で対抗するのでなく。



角田陽一郎 Kakuta Yoichiro Official Site [DIVERSE]

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バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大D2)/ 著書:小説『AP』『仕事人生あんちょこ辞典』『最速で身につく世界史/日本史』『天才になる方法』『読書をプロデュース』『人生が変わるすごい地理』『出世のススメ』『運の技術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』他/映画「げんげ」監督/水道橋博士のメルマ旬報/週プレ連載中/メルマガDIVERSE

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