「やる気のなさからの脱出方法」1/31:ICUC記事

文字起こし後の文字寝かし (好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)  

角田さんの顔が晴れた。SNSの調子も。良かった。先週やる気がなんとか出てから、その他諸々もぐ~っと浮上してきた。半年ぶりくらいかな?落ち込んでた感じじゃなくて、角田さんのポジティブなというよりピュアな陽気さが、電気で明るいけど暖かくはないみたいな感じだったのが、陽光に戻って温度が入ってきた感じ。明るさの種類。これも満月と節分で切り替わったのかな。そういうのをアーカイブしてるんだな。  

やっぱり新しいものはとりあえず味見はしに行きたくてClubhouseのアカウント作るけど、招待して欲しいと頼むのは嫌、かつ覗いてみたけど聞かない、あぁやっぱりなと謎の安心感(笑) 私、しばらくレッドロブスターの姉妹店で蟹でも出すのかと思ってた……。  

コミュニケーション、交流や雑談に価値がある。さらに話者に人気か認知があれば、その雑談にインフォメーションとしての価値が付加されるというのが私の今の所の解釈。情報と交流それぞれ別の価値であり、階層的にもなる。  

向上心、自己顕示欲、あとどんな感情だろう?その価値ある雑談を聞いた、気づきがあった、あわよくば会話に混ざれた、そうすると自分のステージが上がった気になる。それって私はどのオンラインサロンに属しているか?という自意識。自尊心かな。それらがClubhouseが招待制という入れる人と入れない人がいるという上に構築されて、特別な一人になりたいという欲を刺激する。  

オンラインサロンはその特別な一人になるための場であることも多いし、私は苦手だし、これって人脈という言葉も思い出す。繋がってる人=肩書きと繋がった人数に価値がある。人を自分の利益から見てランキングしてるような気がしてしまって、それで人脈って言葉が好きじゃない。例えば私は人脈として無価値、有名人だったり良い肩書きがあれば食い物にされるような気がしてしまう。それって普通のコミュニケーションでも(私には差別と区別の説明は難しくてできないけど)多少あると思う。例えば小学生のときクラスの”友達”だけど、この子は仲が良くて、この子は違う、そしてこの子は〇〇だから友達になりたい、みたいな。  

コミュニケーションしたくない僕、それは自分にも分かる部分があって、寂しがり屋でも誰でもいいというわけじゃないから、SNSをコミュニケーションに使うとは限らない。そう言う意味で角田さんというのは、角田さんは嫌がるだろうけど、生き方とかぐるぐるする考えごとの私の師匠なんだな。 

集団が苦手について、カフエ マメヒコの井川さんのYouTubeに、それは集団の種類が違えば違うんじゃないの?って話があった。いわゆる学校や会社、大した話じゃないけど夜中まで盛り上がったとかクラブとか、そういった人付き合いが苦手な人がマメヒコで働いたり、いかひこ塾には居るじゃない?と。ああ、大事な内容を忘れてるな。もう一回探して聞こう。  当集団のコミュニケーションとはこう定義します、私の定義と合ってます。そんなふうにサクッと分かるものだったら楽なのに。井川さんの言う集団が違えばって、そういうことじゃないのかな。コミュニケーションとインフォメーションの定義の違う集団。  その集団のどの部分に、どのくらい愛情が注げるか?そもそもICUCはCAMPFIREさんからのお誘いで始まったものだったんだから、その辻褄合わせを1年かけて、最後はコロナのなかで擦り合わせた。ICUCというバンドはソロ活動になった。これって主催の角田さんの辻褄合わせは角田さん本人はもちろん、私たち参加者も経験としてなかなか貴重だったと思う。言葉でうまく言えないことは、体験として覚えておけば良いのだし。いつか言葉にできれば尚更良くて。  今週はダメだな。頭が回るようで止まるようで、これ以上進まない。ちょっと残してある豊津徳を文字起こししながら、頭が落ち着いたらもう一回考えてみよう。  

角田陽一郎 Kakuta Yoichiro Official Site [DIVERSE]

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バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大D2)/ 著書:小説『AP』『仕事人生あんちょこ辞典』『最速で身につく世界史/日本史』『天才になる方法』『読書をプロデュース』『人生が変わるすごい地理』『出世のススメ』『運の技術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』他/映画「げんげ」監督/水道橋博士のメルマ旬報/週プレ連載中/メルマガDIVERSE

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