デザインされたくない

デザインというのは素晴らしく大切なものということは十分理解した上で、最近ボクらはデザインに縛られすぎてる気がしてならない。
モノの、コトの、制度の、ネットの、暮らしの、時間の、あらゆることのデザインに。元々のデザインされてない何かがアウトプットされた時に、そのデザインで何かを失ってるような。

わかりやすくすることで、美しくすることで、効率よくすることで、そんな洗練された(しようとする)デザインで、デザインされる前のよくわからない、不細工な、不器用な、でも大切な本来の“何か”が消える、消される。
デザインで削ぎ落とされたモノ、付け加えられて見えなくなってしまったモノ、とでもいうか。

いいデザインを見ていると、いいデザインに囲まれると、よくデザインされたシステムに組み込まれると、本来の自分が削ぎ落とされるような、変形させられるような、隠蔽されてしまうような。

デザインされて、失っていく自分。
なので、なんとなく、デザインされたくないのです。
角田陽一郎 Kakuta Yoichiro Official Site [DIVERSE]

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バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大D2)/ 著書:小説『AP』『仕事人生あんちょこ辞典』『最速で身につく世界史/日本史』『天才になる方法』『読書をプロデュース』『人生が変わるすごい地理』『出世のススメ』『運の技術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』他/映画「げんげ」監督/水道橋博士のメルマ旬報/週プレ連載中/メルマガDIVERSE

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