「学問をプロデュース」

今日散歩しててふと悟ったこと。

例えば、学問(勉強)には、研究者はいるし、教師はいるし、生徒はいるけど、プロデューサーはいない。

学問にプロデューサーという職分は無い。

学問って、もっとエンタメにできると僕は常々思ってたんだけど、それはあくまでもっと興味深くておもしろい知的エンタテインメントをテレビ番組とかイベントとか書籍とかでまだまだやれるのになあ、とかそれくらいのレベルで考えてるだけだった。

でも、今日やっと気づいた。

学問“自体”をプロデュースすればいいのだ。

僕は自分の職分をバラエティプロデューサーとしてるけど、で、それこそいろんなヒトモノコトをプロデュースしようと思ってやってるけど、学問自体のプロデュースってとこまでは思い至らなかった。

それが今日、東大の大学院の一次試験の合格発表があって、なぜ僕が今更ながら大学院に行こうとしてるか?の真の意味が降りて来た気がする。

学問自体を、これから僕はプロデュースして行こうと想う。

そして、その『学問のプロデュース』が実は一番僕の人生で意味のある『知的好奇心』とまさに合致してる行為なんだ。

今までプロデューサーを15年近くやってきて、テレビマンを25年近くやってきて、なんかお金を稼ぐとか、人気コンテンツを作るとか、話題になるとか、バズるとか(それらはどれも大切な行為だけど)、僕にはどうも違和感しか感じられなかったのだ。

それ、やる意味ある?

僕が、やる意味ある??

それこそ、人生をかけて、やる意味ある???

・・・そんな違和感しかなかったのだ。

でも、ようやく気づいた。

「学問をプロデュース」すればよいのだ。

学問自体を企画して、構成して、演出する。

みぞれ混じりの雨の中を傘もささずに歩いていたら、そんなアイデアが僕に降りて来た途端、それこそいろんな学問のプロデュース案が嵐のごとく今脳内を襲って来ていて、ホントやばいくらいだ。

来週の二次試験(面接)通らなければ、それこそそんな僕の想いなんて、ただのお笑い種ですが。。。

2月1日になった。まもなく節分。つまり新年に切り替わる。

それを記念に、自分の想いをしたためておく。

角田陽一郎 Kakuta Yoichiro Official Site [DIVERSE]

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バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大D2)/ 著書:小説『AP』『仕事人生あんちょこ辞典』『最速で身につく世界史/日本史』『天才になる方法』『読書をプロデュース』『人生が変わるすごい地理』『出世のススメ』『運の技術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』他/映画「げんげ」監督/水道橋博士のメルマ旬報/週プレ連載中/メルマガDIVERSE

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