文字起こし後の文字寝かし (好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました。
アー写の意味を知らなくて検索。アーチスト写真の略で宣材写真のこと。中学のとき声優希望で劇団に入っていた時にタレント名鑑ってものに載せるからって撮られたことあったな。タレント名鑑も写真もたぶん捨てた(笑) 自分で見るのが何より恥ずかしい。緊張して頬が痛かったけど、ちゃんと笑顔してたと言われて、それはそれで納得できなかったんだよなぁ。
それにしても眼鏡なし角田さんはより一層年取った感じがなくなるんだという発見。アー写と現在、そんなに変わらないと思うんだけど。
私は視力が子供の頃から両目1.2以上で、街中や電車内の釣り広告で遠くの小さい字と近くの字を交互に見て遊ぶ癖がある。視点をズラすと見える絵も得意。どちらも視点の移動なんだけど、視力回復みたいなワードで検索するとこれらがヒットする。なので私は癖で視力を保ってた説をいつも温めている。早く来るはずの老眼も未だ来る気配もない。 乱視がどんなふうに見えるのか、一度見て見たい。乱視に見える眼鏡ってないんだろうか?コンタクトもいつかつけて見たい。
ICUC…ものすごく寂しい。メンバーに連絡がある1日前に、角田さんのTwitterを見てたらなんとなく、もうそんなに長くは続かないのかも知れないと思ってしまって、思ったから当たってしまったような気がして、それもなんだか悔しい。今回もう一度聞いて、やっぱり寂しい。誤字脱字のチェックするのに、いよいよ読みたくないとすら思った。
逆に言えば毎週30分の動画が残ったのは本当にありがたい。でも、それも無くなったとしても、それもやっぱり仕方ないと思う。終わるものは何でも基本的に寂しい。2度と会えなくなるわけじゃないけど、今度会うには何かがないと、そんな風に思ってしまう。何かいつか良い報告ができるように日々頑張ろう。
寿司特5でコトブキさんが本を出してたのか?!と、その電子書籍を今日読み終わった。「グッド・ウィル・ハンティング」の名言「自分自身以上に愛するものがあるとき、人は本当に傷つくのだ。」これをコトブキさんが「傷つくこともできない人生なんて何の意味があるのか?」と解釈してると出てきた。傷つくこともそうだけど、悲しい、寂しいと思えるものを自分で見つけて大事に思えた、そういう経験は悲しくても寂しくても、何度でもいくらでも見つけに行くべきなんだろうと思う。
角田さんは伝えてるのではなく自分の思考の記録をしてるだけ。そこに興味を持つ人は自由であり、お互いに縛るものがない。どこへでも流れていけるし、付いていきたいなら追えばいい。でもオンラインサロンは定期的にサロンへ向けて流れを修正する必要がある。角田さんはよく流れに身を任せたいと例えるけど、その部分が合わない。やっぱり今のスタイルが良さそう。
最近、例えるならこれは「私たち付き合ってるの?」じゃないかと思う。付き合ってると思う日があり、そう思わない日もある。良く言えば自由で、悪く言えば不明瞭。その状態を壊したく無いので聞かない。わざわざ加減が難しいところで上手いこと自由に生きていきたいのだと思う人が集まったのがICUCだったんじゃないか?と。面倒くさい人の集まりだったのかも(笑) 吉田先生の一言がすーごく嬉しい。超分かる。自信は有るけど無い。分かってるけど納得できない。覚えてるけど忘れた。そんなことばかりで、その僕が勝手に救われた温かさ。実は今回、キャストプラスのページで角田さんがムーンライダーズの方の作詞をしてたと知ってしまった。この嬉しさたるや、犬だったら尻尾は千切れて大気圏の外まで飛んでいくんじゃないか?
なんなのだろう?この人の運の艶々っぷりは。やっぱり寂しくなると知ってても好きなヒトモノコトを増やしては好きだと伝えて、好きをお裾分けしてきたせいだろうか?
YouTube 岡田徹/月面讃歌2016『宇宙兄弟』
業界用語で言うと「ばらすーし」。えぇー…聞いたことないけど、本当に「ばらすーし」って言うの?──角田さんのお話したくさん読んだり聞いたりしたけど、初めて疑えたかも知れない(笑)
0コメント