構造と表現

高校時代からの友人(クリエイター)と久々飲む。

いろんな話して、楽しかったが、その中で、小説なり、映画なりの、芸術作品の分類話になる。

彼曰くorもしかしたら、彼も作家仲間から聞いた話かもだが、作品には、2種類ある!と。


『構造』で魅せる作品と『表現』で魅せる作品。


たとえば黒澤明の映画は『構造派』。

構造で勝負してる作品なので、それを海外でリメイクしても『荒野の七人』なり『スターウォーズ』なり、ワールドワイドに通用する映画であると。

一方で、『表現派』の映画。彼は『雨月物語』を見て実感したらしいが、そういうのが好きな、フランスだけで受けると。

この話、周防正行監督でもして、周防監督はばっちし『構造派』だそうである。

対して、多分、北野武監督は『表現派』だろうな。

芥川は、構造派で谷崎は表現派。

漱石は構造派で、志賀直哉は表現派だとか。

この分類は、別にどちらが優れてるって話でなく、あくまで酒の上での分類論なのであるが、僕が思うになんとなく『表現派』のほうが、天才肌なんだろうな。

『表現派』はその人が表現しないと成立しないって作品が多そう、翻訳しづらそうな。

一方『構造派』のほうは、文体変わっても、構造で魅せるから、翻訳でも、リメイクでも、世界で通ずるんだろうな!などと思いつつ。

実際なぜ分類するかと言うと、みんなで話して、

「この人は、こっち派だ。」

「いや、あっち派だ」

って、喧々囂々になるらしく、それがまた酒の席でワイワイやるのが楽しいのだそうです。


で、彼曰く、「お前は、昔から、『構造派』である」と。

以前作ってた僕の番組は『構造派』番組で、ある意味『僕らしさ』が出てたらしいのだが、今やってる番組は『表現派』番組で、どうも『僕らしさ』がないんだと。

そうそう、よく見てるね!って話だね、こりゃ。

僕もそう思います、今の番組ぜんぜん僕のやりたいことやれてないんです。

って、常々忸怩たる思いなのであるが、それは今日の話で言うと要するに、

「表現派の演者に、僕の『構造』まったく表現させてもらえてない。」

って、ことなのね。

ふー( ̄~ ̄)ξ、

名探偵!!

大正解です。

悲しい。

確かに以前の番組のほうが、好評です。

ふー( ̄~ ̄)ξ。

 いつの日か、近い未来に、僕の『構造』の番組作ります、必ず。

角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

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