呉の旅:大和ミュージアム てつのくじら館「この世界の片隅を巡る」

呉に行った。呉は初めて訪れる。

↓ここは大和波止場。実際の戦艦大和の大きさがわかる。突端からかなりあるいてもまだ中央の艦橋の位置でしかない。戦艦大和の巨大さが実感できる。


『呉市海事歴史科学館』通称『大和ミュージアム』へ。
素晴らしい展示。呉の歴史と、造船の技術力、そしてそれが結集した戦艦大和の凄さがわかる。
出口には、『この世界の片隅に』のロケ地マップ。


向かいには『海上自衛隊呉資料館』通称『てつのくじら館』。
ここも素晴らしい。なんと入館無料。街並みに鎮座する潜水艦はすごく巨大、まさに“てつのくじら”。
そして、実際使用されていた潜水艦あきしおの中に入れる。艦員の方々が使用したベッドに寝られたりもする。
すごくすごく勉強になった。自衛隊の係りの方の説明も丁寧だし、真摯に対応してくださる。

呉はいい街だった。



そして、呉で海軍や自衛隊の展示を見て、前日に広島で原爆の展示を見て僕が感じたこと。

前者は戦争のビフォーで後者は戦争のアフターだった。
前者では目的を遂行するために、真摯に誠実に対応する(していた)ことの実直さが伺える。つまり目的完遂のためにたくさんの軍人も軍関係者も市井の人々も一生懸命生きてきたことには、なんの恥ずべきところもない。

問題はその目的が、“戦争”ということ。

そして、後者はその目的が遂行された後の、された側の悲惨な凄惨な状況が克明に展示されている。

つまり戦争という目的に対して、日本側もアメリカ側も、真摯に目的を遂行したことは同じなのだ。
戦争という目的に真摯に対応すればするほど、それは相手を打ちのめして、相手側に悲惨さを与えるんだという意識が薄れていくんだと思う。

「こんなにも素晴らしい性能です」
それはなんのための素晴らしい性能か?
結局相手を叩きのめすための性能なのだ。
相手を殲滅するための能力なのだ。

真摯に目的に向かうと、それは技術の発展、性能の向上に向かう。
それは、より人々を苦しめる能力が増していくということを意味するのだ。

それが、戦争が卑劣なバカげた行為なことの根本なのだ。

つまり、戦争という目的自体を、どう持たないか?
どうやれば持たずに済むか?

それをこの世界の片隅に生きる僕は、考え続けようと思う。

角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

0コメント

  • 1000 / 1000