僕らはできの悪い人工知能なのか?

AIの開発者でゲームクリエーターの三宅陽一郎さんとお食事をした。

ものすごくおもしろかった。

以下、三宅さんから聞いたAIのお話から、僕的に敷衍したある考えについて。



AIが人間にかなわい件、それを『フレーム問題』という。

人工知能(AI)は

【与えられた問題しか解けない】

【問題を作り出せない】

【問題から外に出れない】 

これが解決しない限り、AIが人間の知能に迫るのはなかなか難しい、らしいのだ。


これを聞いて、僕は未来における人間個人の存在意義がむしろ明確化したのです。


そして、AIとの関わり方が、なんとなくわかった気がしました。

AIはフレームの中でしか問題が解けないのだから、むしろそのAIを機能させるフレームは人間がこれからも作るのです。人間が新しく見出すものなのだ。

人間はフレームの外に出て、問題を見つけ出し、フレームを構築して、そのフレームの中でAIに最適解を考えさせる。

人間とAIの共存世界。

つまり既存のフレームの中で最適解を出す仕事はAIがやるわけだから、それを既存のフレーム=組織内でやってる従来の個人仕事は無くなる。

未来には”人が無くていい仕事”と”人が必要な仕事”があるのだ。


つまり僕らが未来に向けてやることは、誰かが出した問題を上手に速く解いて、成績良く、偏差値高く、いい組織に入って、金儲け、、、なんてのではない。

自分で外に出て、自分で問題を見つけ、その問題を自分と仲間とAIを使って、試行錯誤して解決することなのだ。

なんて楽しくドキドキする未来ではないだろうか。


ただ一番の問題は、AIだけでなく『フレーム問題』を抱えてる組織と個人が今現在多数いること。

フレームの中だけでしか、問題処理を解くことが、仕事や人生だと思っている人。

既存フレームの呪縛から抜け出せ無くて、新しいフレームを見出すことをしない人。

そのフレーム自体が、すでに意味をなさないことに気付かず、フレームの中で問題を解き続けてもそれがむしろ最適解でもない、つまりできの悪いAI的な人間。

そんな人たちは、むしろ今までの既存フレームの中では、優秀なのかもしれない、勉強できて、偏差値高くて、いい大学出て、いい会社入って、、、的な。

でもそのフレーム内の仕事はAIが、取って代わるのだよ。

例えば、「仕事なので」「ルールだから」という言い方で、生産的でない今までの慣習や規則を守ることを死守している人。

さらに悪いのは、その無意味さに気付きながらも、気付かないふりをして、「仕事なので」という嘘の正当性で仕事をしている人。

特に僕が違和感を感じるのは、「仕事なので」と組織の役割的な言い訳しながら、正当性を付与して、個人を傷つける行為をしている人。それは「仕事なので」と言い訳した段階で、自分の行為が後ろめたいと気付いているんだと思う。

ということは何れにせよ、その人は他人を傷付ける行為を仕事にしてる”後ろめたい人”なのではないか。

どんな言い訳しても、それは人に劣る行為だ。そこに正当性はないと思う。

でもそれでも仕事のせいにして、そんな行為を正当化して行うということは、自分の意識を組織というフレーム構造の中で、見えなくさせて、ごまかして生きていってるんだと思う。

組織や権力のために個人を潰す行為を正当化している人は、自分も個人であることになぜ無自覚でいられるのだろう?

自分がいつその組織や権力に潰される側の個人になるとも限らないのに。貴方が今信じてる正当性はいつ反転するやもしれないのに。

百歩譲って、いままでの既存フレームが機能していたならば、その中で最適解を見つける行為は、まだ有効かもしれない。

でも、もう情報革命は起こっているのです。

その人が盲目的に信奉している組織=フレームは、もう意味のないフレームなのです。

幕末で言えば、江戸幕府というフレームが終わろうとしているのに、そのフレームを守るために参勤交代を続けているようなものです。


僕は他者を排斥しない。なぜなら排斥されたくないから。

そこに違う考え方(正当性)があるのなら、結局違う考え方(正当性)同士を共存させるしかない。世界が1つの考え方(正当性)で括られることは多分ないから。

なぜなら世界は1人1人が違う個人であるから。

そんな個々に違う個人の集積=組織の考え方(正当性)が、その組織の中の個人の考え方(正当性)を排斥するのなら、そもそも組織という構造物(フレーム)の存在が無意味だと思う。

その組織が掲げる考え方(正当性)がナンセンスなのだ。

多分、情報革命によるAIの登場と進化で、僕ら人間自体が創って、その中で生きて来た”フレーム”自体をとって変えて、全く新しいフレームを創る時がやってきてるんだと思う。


何度でもいうが、要はそれに気づくか、気付かないか、だ。

気付いてない人は、大丈夫。今から気付けばいいから。

問題は、気付いているのに、気付いていないフリをしている人。

そんな人は旧フレームとともに、滅びると思う。

これは、年齢とか、性別とか、学歴とか、都市とか田舎とか、richとかpoorとか全く関係ない。

気付くか、気付こうとしているか、がまさに僕らのフレーム問題なのだ。


新しいフレームを見出して、人間として生きていくのか?

古いフレームの中で、できの悪い人工知能として滅びるのか?







角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

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