『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 上』

新世代のサピエンスは、およそ七万年前に獲得した新しい言語機能のおかげで、何時間も続けて噂話ができるようになった。誰が信頼できるかについての確かな情報があれば、小さな集団は大きな集団へと拡張でき、サピエンスは、より緊密でより精緻な種類の協力関係を築き上げられた。p38


社会学の研究からは、噂話によってまとまっている集団の「自然な」大きさの上限がおよそ一五〇人であることがわかっている。

今日でさえ、人間の組織の規模には、一五〇人というこの魔法の数字がおおよその限度として当てはまる。p43


想像上の現実は嘘とは違い、誰もがその存在を信じているもので、その共有新年が存在するかぎり、その想像上の現実は社会の中で力を振るい続ける。p49


サピエンスはこのように、認知革命以降ずっと二重の現実の中に暮らしてきた。一方には、川や木やライオンといった客観的現実が存在し、もう一方には、神や国民や法人といった想像上の現実が存在する。時が流れるうちに、想像上の現実は果てしなく力を増し、今日では、あらゆる川や木やライオンの存続そのものが、神や国民や法人といった想像上の存在物あってこそになっているほどだ。p49


水産食物や水鳥が豊富な海沿いや川沿いに、人類が永続的な漁村を作り上げたことだ。これは歴史上初の永続的定住地の誕生であり、農業革命よりもはるか以前の出来事だった。p68


平均的な狩猟採集民は、現代に生きる子孫の大半よりも、直近の環境について、幅広く、深く、多様な知識を持っていたわけだ。今日、産業社会に暮らす人のほとんどは、自然界についてあまり知らなくても生き延びることができる。

人類全体としては、今日の方が古代の集団よりもはるかに多くを知っている。だが個人のレベルでは、古代の狩猟採集民は、知識と技術の点で歴史上最も優れていたのだ。p70


たいていの場所でたいていのとき、終了採集で手に入る食物からは理想的な栄養が得られた。これは意外ではない。何十万年にもわたってそれが人類の常食であり、人類の身体はそれに十分適応していたからだ。化石かした骨格を調べると、古代の狩猟採集民は子孫の農耕民よりも、飢えた栄養不良になったりすることが少なく、一般に背が高くて健康だったことがわかる。

何が狩猟採集民を飢えや栄養不良から守ってくれていたかといえば、その秘密は食物の多様性にあった。農民は非常に限られた、バランスの悪い食事をする傾向にある。

そのうえ彼らは、何であれ単一の種類の食べ物に頼っていなかったので、特定の食物が手に入らなくなっても、あまり困らなかった。農耕社会は、旱魃や火災、地震などでその年の稲やジャガイモなどの作物が台無しになれば、飢饉でさんざんな目に遭った。

古代の狩猟採集民は、感染症の被害も少なかった。天然痘や麻疹、結核など、農耕社会や工業社会を苦しめてきた感染症のほとんどは家畜に由来し、農業革命以後になって初めて人類も感染し始めた。

また、農耕社会や工業社会の人の大多数は、人口が密集した不潔な永続的定住地で暮らしていた。病気にとって、まさに理想の温床だ。一方、狩猟採集民は小さな集団で動き回っていたので、感染症は蔓延しようがなかった。p72

角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

0コメント

  • 1000 / 1000