勝ちの価値が無価値(無勝ち)になる日

今日話したこと。
多様性を絶対死守するという意味での“保守”が必要なのではないだろうか。
多様性を絶対認めることを「保守」と定義する。
こうなりゃ「保守」の定義から変えてしまうことが今、新たな未来に対して必要なのではないだろうか。

なぜなら、もし国や企業や組織を(本当に)強くしたいのなら、国や企業や組織を(本当に)保守したいのなら、その組織の構成員の多様性を絶対的に認めるべきだと思うから。

国や企業や組織の“お上”がなんか命令しても、その画一化に抗う気概を持つ一人一人が存在するタフさが、結局国や企業や組織の強さだと思う。国や企業や組織を保守することだと思う。
“右にならえ”の命令で全員、“右にならえ”してしまう国や企業や組織が一番早く滅ぶ。
一人一人が考えなくても、ひとりでに進んでしまうことは、実は弱さなのだ。

誰かと同じなのが価値なのではなく違うことが価値。
誰かと合わせることが勝ちなのではなく異なることが勝ち。
いかに社会や組織やマーケティングに合わせるか?が価値で勝ちではなく、いかに個人個人がオリジナリティを持つことが価値があり勝ちであると再定義する。
集団で個人を阻害してる事が、無価値で無勝ちであると再定義する。

そんな“勝ちの価値”を再定義することが国や企業や組織で急務だと思う。
でも逆説的に言えば流されやすい国民だから、今までの価値の反転なんて実は簡単なお国柄だと思う。
今まで信奉してた考え方(学歴、偏差値、一流企業、幸せの定義、安定の定義、等)は実は無価値だと実感するような些細なきっかけで、価値が一気に反転するお国柄だ。(1868年の明治維新しかり、1945年の終戦しかり。)

そして去年のスマップの件や今年の森友学園のグダグダはその“勝ちの価値”の反転の些細だけど実は極めて重要な“きっかけ”だと思う。
だって全ての人が今までの(芸能界や権力の)勝ちの価値が無価値(無勝ち)であることに気付いてしまったから。
ただのスキャンダルじゃない。今までの事案のように処理できると関係者が思ってるとしたら、まさに立場を一気に失うと思う。

角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

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