「20世紀の魔法は消えつつある。
21世紀の魔法は何なのだろうか?」
今年の4月から、東京大学大学院の文化資源学博士課程に進学した。
2019年に修士に入学してから2年間で、自分の修論は(なんとか)書き上げた。テーマは
『バラエティ番組の制作システムから検証するテレビの演出効果』
そのモチベーションのひとつは、自分が四半世紀の間作ってきたバラエティ番組の制作方法をなんとか理論化したかったのだ。それは、何となく手前味噌ながら成し遂げたような気がする。
そして今は、では自分は次の博論で何を研究するのか?という関心に移っている。
いや、今ちょっとだけウソをついた。
それは関心が移ってるのではなく、どこに関心を向ければいいのか自分でも正直わからなくなっているのだ。
つまり、迷っている。自分もいい歳だし、この歳から何を研究するにせよ、それは自分のキャリアアップではなく、むしろ「世界の真理を掴みたい」という、その一点だけが、ボクの知的好奇心の礎だからだ。
そうだとして、そのボクが求めてるorボクのスキルで解明できる「世界の真理」とは一体何なのだろうか?
博論レベルになると、ボクがこれから付け焼き刃で学んだ知的手段では、なかなか満足するレベルの研究になるかは正直心許ない。だからといって、ボクに今闘えるだけの知的手段など持っていない。それがボクが今迷っている、もう一つの理由でもある。つまり、ボクに博論レベルの研究に耐えられるだけのスキルや能力や体力や精神力があるのだろうか?
そんなこんなで、ワクワクしながら東大に通っていた過去の2年間とは違い、この4月からは明らかにボクのテンションは下がっていた。つまりカルチャーセンター的に、いろんな知識を習得していても、自分にそれを専門研究化する術が無いからなのであった。
で、迷っている時に文化資源学の指導教授から声をかけていただいた。ディスカッションしましょうよと。
そして、そのディスカッションでは、ボクの悩みをすでに知っていたかのように、新たな研究の対象を提示してくださったのだ。
その対象が、まさにボクの知的好奇心にずっぽしと刺さるものだった。
そしてそれは、
今までのボクの培ってきた経験と、
ボクが今まで楽しんできた趣味趣向と、
ボクがこれからやりたい生業と、
まさにその3つが折り重なるような研究対象なのだった。
この提案を聞いた瞬間、ボクは指導教授が、まさに自分を先導する神の使いのように思えたのであった。
ディスカッションの最後に、指導教授はこうボクに言った。
「20世紀の魔法は消えつつある。
21世紀の魔法は何なのだろうか?」
この問いを、ボクは人生をかけて探し続けてみようと誓ったのだ。
0コメント