今更ながらポジティブとネガティブの意味。今日、運動施設で気づいたのです。この運動はどの筋肉に対してポジティブかということが書いてあるのです。シングルポジティブとか、ダブルポジティブとか。あ!ポジティブ!って思って。効いてる部分にもポジティブって言うんだなと思った次第。
物事を正負/+-/陽陰で判断した場合、正/+/陽がポジティブ、負/-/陰がネガティブ。善悪の判断ではなく、その事象の有る無しという意味なので、病症がない場合をネガティブと言う(だから運動効果があるからポジティブなんだな)。写真では陽画(明暗、色相が実物と同じ)がポジ、陰画(明暗、色相が実物と逆)がネガ(フィルムのことネガって言うね)。
疲れについて。ポジティブの疲れ方、イメージとしてさっぱりとした疲れ、例えばスポーツで体を動かして気持ちのいい疲れというか。対してネガティブな疲れというのは、予測し、予防し、注意を払う、つまり心労。その中にこれだけ準備したから滞りなく進んだという達成感と安心感はあるけど、やっぱり注意を払う性質からすると、ここは予想外だったなとか、次はこうしようという反省も入ってくる(とにかくさっぱりと反対)。現実に対処してるようでいてい、過去に倣って未来に対峙してる感じがする。そう考えるとポジの疲れは今、ネガの疲れは過去と未来とも言えるかも。
よく「過去は変えられない。未来は分からない。今に対応すべし。」というけど、ポジティブさは今に全力で対応してて、ネガティブさには未来に乗り込んでいく、切り込んでいく感じがやっぱり伺えて、それって狩りだなと思う。
角田さんの本は全て持ってるけど、「成功の神はネガティブな狩人に降臨する」をまだ積んである(笑) 逆にこれから読む時に良い視線を持って読める気がする。
きっちりやるについて。「きっちりやればやるほど疲れる」蜜を避けろ、マスクしろ、これらはきっちり”させられ”たもの。強制きっちり。幸せを狩りに行くのではなく、守備のみのきっちりと言える。
デザインされたくないについて。自然と不自然。デザインされていないそのままが自然、それを何かしらの目的が達成できるようにデザインしたもの、人の手…というか思いが乗ったものが不自然。本当のデザインは無から目的に向かって最善を尽くすんだろうけど、角田さんの言うデザインされたくないというのは不自然になるということか?(そのうちデザインの話を真剣に聞いてみる機会を持たないとダメだなと思うけど、まず来週の豊津徳【デザインとアート】に期待大!)
クラブハウスは好きになれない。理由として、1つは雑多な音の中から興味を探すより、すでにある自分の興味を追求したい。人が作った雑多な何でも屋より、山や海を知りに行くような感覚。1つはデザインされたくない。人が作った新たな枠組のシステムには興味があるけど、「あなたの意見は不要。まずこれをやりなさい。自由はそれからです。」という、システムに丸呑みされる感覚。例えば意味を失った校則のような。言いつけを守らせたいだけで子供の話に付き合う時間が面倒な時の親の押し付け躾みたいな。私のなぜ?どうして?という興味という中身より、場の規則という枠が優先される。
資本主義になって、小人が子供になった話、神の信仰から個人主義になった話。大人になって社会で使える良い大人になるための教育。個人主義になり繋がりが絶たれていくことと、一家に1台のテレビより、個人ごとのスマホになり、結果売り上げが増える仕組みの相乗効果。そうやって個に分かれたのに、やっぱり繋がりが大事と取り戻すように繋がりを探すけど、長いこと個人でいたから難しいし、個人の気楽さを残しながら繋がろうとするから繋がりが浅くなる。
この浅さがクラブハウスとかオンラインサロンとかの、まずは枠組み、まずは核となる人という、目的ありきで中身なしという枠なんじゃないかと思う。そうなると後は手段を作って目的を目指すことしかなく、どうやったらフォロワ数を伸ばせるか?どんなコピーが人に刺さるか?って話にしかならない。その後にやっとどんな話の中身が良いか?ということになる。それは枠なし目的なし、興味からスタートして組み上げられる”何か”のような面白いものは出来上がらないと思う。”何か”って、興味という鋳型から作られる枠なのかも。まったく枠の成り立ちが違うもの。
「基本的にはポジティブになものを散々やってきた」と見出しをつけてみて。そう、基本的にはポジティブなことのはずだ。それに嫌悪感を持たせるというのは何なのだ?私の「へっぽこロゴス」ではこの辺が限界かな、うまく言葉にしたいけど。思いつきでできた「へっぽこロゴス」はすっかりお気に入り(笑)
角田さんは自分の悪いところも含めて自分だとしている。それを含めて自分がどういう人か見て、あなたにとっての僕を判断して欲しいと言ってる気がする。判断ミスは僕の責任じゃないよとも取れるけど、人に対して正直で繊細だ。それをデザインとして削がれると、やっぱり辛い。
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