エライ人はエラくてよいのではないか?

上手く伝わるかわからないですが、僕が日頃思ってるコトを書きます。

国や組織や社会の中で何かを決める立場の人(要するにエライ人)を、皆はエライ人として多少はレスペクトして大事にしてあげる必要があるのではないか。

じゃないとそのエライ人は、皆に媚びる人気取りだけの人になり、本当に大事な事を決められないと思う。

そりゃ「そんなにエライ立場の人なのになんでそんなにくだらない事を...」って人も確かに沢山いるけど、揚げ足取りと粗探しが過ぎると言うか...

卵が先か鶏が先かの話な気がする。
どんな立場の人だって褒められると嬉しいし頑張るし、それが行動に誠実に出ると思う。
誠実に扱えば誠実が増える。

エライ人がなぜエライのか?
それはエラく大変な事を決める立場の人だから。
エライ人は普通の人より待遇が良くていいと思う。
だから能力がある人がそんなエライ立場を引き受ける。

エラくなると揚げ足取りと粗探しされるだけなら、能力ある人はエライ立場を敬遠して、結果エライ人がひどい人ばかりになる。



大量生産・大量広告・大量消費社会の20世紀型資本主義が今、情報革命で概念から根本的に変わって来てる。
なのである施策がどんなに革新的で優れていてヒットしたとしても、大量生産・広告・消費の概念から抜け出せてないと全然革命的ではないと感じる。

だってこれからは適量生産・告広・体験社会だから。

つまり今までのように、今までのコトを振り返って、今までの成功例を鑑みて、何かを決める時代は終わったのだ。
エライ人は、ますますエラく大変な判断を強いられるのだ。


今までのルール、慣習、考え方、ヒットの法則、視聴率、メディアのあり方、政治のあり方、国家のあり方、個人の生き方、全てが概念から変わって来てる。
いちいちそこに立ち返って、
そのルールは正しいか?
その慣習は続けるべきなのか?
その選択を誰に任すのか?

それこそエライ人も普通の人も誠実に判断しなきゃいけないんだ。


角田陽一郎/Kakuta Yoichiro DIVERSE

バラエティプロデューサー/Variety Producer 著書『13の未来地図フレームなき時代の羅針盤』 『「好きなことだけやって生きていく」という提案』『最速で身につく世界史』『成功の神はネガティブな狩人に降臨する-バラエティ的企画術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』/映画「げんげ」監督/ 水道橋博士のメルマ旬報連載中/渋谷のラジオ金曜朝10時[渋谷で角田陽一郎と]/MX オトナに!

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