今日の話。
例えば今までなら本の著者は書くだけでよかった。
それを編集者が整えて出版社が宣伝して売れるなら売れるだった。
でも今は交通広告も新聞広告も効果が低くなっている。
むしろどう売るかを著者自体が設計しなければ売れない。
知名度か関係者かSNSか。
でもその設計行為は、なんかやってておもしろい。
逆に言えば、今までは著者自体がデザイニングしたくても出来なかったのだ。
それができるようになったことは、実は書籍だけでなく映像だって音楽だってイベントだってもしかしたら人生だって、その命運を自分で切り拓ける可能性が新たに生まれたともいえるのだ。
つまりあらゆる行為はプロデュースなのだ。
あとは、
それをチャンスと捉えるか?
面倒くさいと捉えるか?
自分でやるか?
やらないで放置して運を天に任せるか?
それともお金使って従来通り代理店に代理させるか?
いずれにしても広告とPRの概念が激変したのは確実で、その変化で
さらにどう産み出すか?
どうビジネスするか?
どう生きるか?
まで変わってきてるのだ。
言ってみれば、他力本願から自力本願の世界へ。
ある作品という“ある世界観”を作った人は、その世界観をこの現実世界に、自らが自らの力で種を植え付ける必要があるってことなのだ。
そしてその種から芽が出るか出ないか、花が咲くか咲かないか、実がなるかならないかも、その人自体にかかっているのだ。
なんておもしろい世界じゃないか。
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