リオパラリンピックが終わって想うこと

今朝、パラリンピックの閉会式だった。

8月のオリンピックから続く、ブラジルでの祭典は終わる。少し寂しいけど、年がら年中祭典しててもありがたみが薄れるし、次の4年後の東京を楽しみに待つくらいが、僕にはちょうどいい。

Twitterを見てたら、こんなツイートが流れてきた。

このひろのぶさんのように、僕もそんな偏見を実はブラジルに持っていました。

でも2年前のサッカーワールドカップでブラジルを訪れた時、そんな偏見が崩れたのです。

以下はそのことを書いた拙著『成功の神はネガティブな狩人に降臨するーバラエティ的企画術』の1章です。



以前からの僕の夢で、それこそ前々から神頼みしていた念願の夢「ブラジルに行って、ワールドカップを生で観てみたい!」というものがあったのですが、なんとこの夢も見事に叶い、2014年の6月9日から23日まで15日間もブラジルに行ってきました。一応“仕事で”です! でもほとんどの時間が、サッカー観戦とブラジル観光です。観光の中に仕事を織り込んだのか、仕事にかこつけてサッカー観戦しているのか、ごちゃ混ぜになっていました。 

このブラジル行きが決定したのは、実は、5月末という本当にW杯開幕直前の時期でした。まさに神懸かり的な偶然が起こったとしか思えないのですが、そもそも「なぜブラジルに行けることになったか?」というと、僕らの番組「オトナの!」にサッカー元日本代表の中田英寿さんがゲスト出演してくださったのがきっかけでした。

ヒデさんは世界100カ国以上を見て回り、日本全国もくまなく見聞して知った“日本の良さ”を世界に伝えることが現在の“夢”なのです。
そのため、彼は以前からW杯やオリンピックの際には日本文化を楽しむことができるスペースを期間限定で開いています。そして、この「nakata.net café」 を、この年はブラジル・サンパウロでオープンすることになっていました。
ヒデさんはおっしゃいました「もしよかったら、そのサンパウロのnakata.net cafe を取材にきませんか? 6月11日の水曜日がプレオープンです!」。僕は即答しました。「行きます!!」と。かくして、サンパウロ行き話が急遽浮上したのです。 


 偏見を偏見だと気づけた日

早速、具体的な渡航の段取りをすすめ、会社に稟議書を提出し、ビザ申請し、なんとか飛行機や宿泊場所を確保し、正式に行ける目星が着いたのが1週間後の5月末です。

6月9日、月曜日。成田空港からパリ経由でサンパウロに向かいました。成田まで2時間、成田からパリまで12時間、トランジット7時間、パリからサンパウロ11時間と、30時間以上かけてブラジル・サンパウロに到着しました。日本との時差はマイナス12時間です。
着いたのは、10日火曜日、朝6時。いよいよブラジルです。
ところで、W杯でブラジルの報道に触れると、ほとんどがスリや強盗などの治安の悪さ、特に殺人事件やデモやストの多発などではありませんでしたか?
当然、僕も夢が叶う嬉しさの反面、そんな報道を見聞きしては内心かなりビクビクしていました。東急ハンズでチェーン鍵や腰に巻くインナー財布、足に巻くシークレット財布など防犯グッズをたくさん購入して、ブラジル入りしました。なので、最初にサンパウロのグアルーリョス国際空港に着いた時は、かなりオドオドしていたと思います。周囲の人々が皆スリや強盗のような気がしていました。   

早速ホテルにチェックインし、「nakata.net café」 のロケハン(ロケーション・ハンティング。撮影をする場所を探すこと)をし、午後は市内ロケハン(という名の観光)です。でもそこで、市内を歩いていると、先ほど思ったスリや強盗ばかりに見えるというブラジルのイメージが、ただの偏見に思えてきたのです。
当然、僕はファベーラと呼ばれるスラム街には行っていませんし、W杯期間中だからか市内のいたるところに警官がいるからかもしれませんし、一見の観光客ですのでブラジルの諸問題を理解していないだけからかもしれません。
しかし、街中の喧噪は日本と比べるべくもなく物凄く大きいものの、とても“平和”なのです。“和気あいあい”という表現に近いでしょうか。何と言うか、その喧噪もいろんな人が友人同士おしゃべりしたり、カップルが熱々だったり(かなり情熱的に熱々です)、買い物したり、値切ったり、W杯に来た他国のユニフォームの人たちと写真を撮り合ったりと、さまざまなコミュニケーションをしているからこその喧噪なのです。
そしてそこには白人、黒人、黄色人、それこそいろんな人種の人がいます。たくさんの要素が混じり合った猥雑さなのです。
だからと言って犯罪に気を許したわけではもちろんないのですが、少なくとも、日本で報道されているような殺気だった治安の悪さなんてものは、かけらも無いのです。

翌11日の火曜日は、カフェのプレオープンの模様を収録することになっていました。そしてその日は地下鉄にも乗ってみました。安全で清潔です。猥雑でボロいものも中にはありますが、街中の至る所にゴミ箱が設置されていて、ゴミも落ちていません。

街中で見かける斬新な広告やディスプレイ、空間デザインの秀逸さが、クールでおしゃれで目を惹きます。
サンパウロにはミュージアムが100以上もあって、芸術も盛んです。テレビを付けてW杯のスペシャル番組を観ると、戦術などを紹介する場面では、全て最新のAR(拡張現実)やVR(仮想現実)を使った凝った演出がなされています。きっと日本なら未だに紙でできたフリップにマジックで書いて解説しています。
これらの姿は、僕が勝手に想像していたブラジルと全然違っていたのでした。誤解を恐れずに言えば、喧噪が大きい(やかましい)猥雑なイメージだから、治安が悪かったり文化的に遅れていると、勝手に思い込んでいた気がします。僕は、ブラジルは日本より進んでいる面がかなりあると感じました。 


日本の秩序とブラジルの秩序
そして12日水曜日、いよいよW杯開幕です!

僕らはその日がオフ日で、まさにサンパウロで開催されるブラジル×クロアチアの開幕戦に行きたかったのですが、チケットは無いし、有っても1人30万円もすると言われたので断念しました。ですが、せっかくなので街の中心で行われるパブリックビューイング「FIFA FUN FEST」に行ってみました。
母国ブラジル戦ですから、きっと、物凄い人が集まります。正直言うと、怖いかなと思ったのですが、貴重品を持たず、日本代表の青いユニフォーム着て行ってみました。そうしたら……。
なんと、すごい人気なのです。至る所でブラジル人にも他国人にも声を掛けられ「ジャポン! ジャポン!! ホンダ! カガワ!!」と行く先々でもてはやされ、一緒に写真を撮られました。ブラジルの方々は、日本人のことが大好きなのです。みんなで応援してくれます。同グループのコロンビア人もギリシャ人も笑いながら声を掛けてきます。
そしてファンフェスタの会場に到着すると、物凄い観客がいました。唄い踊り鳴り物を鳴らし、完全なカオスです。その物凄い群衆のカオスの中で、ブラジル×クロアチア戦を心の底から楽しみました。

でもこの大群衆のカオスの中で、僕ははっきりわかりました。このブラジルの猥雑さや喧噪は“人と人とがコミュニケーションしているから”こそなのです。例えば、人混みの中で移動するのは大変です。でもブラジルだとそれぞれが声をかけ合うし、手で「ちょっとどいてくれ!」と肩や背中に自然にボディタッチしてくるので、日本より移動がはるかに容易です。

コミュニケーションを頻繁にすることでカオスの中に秩序が生み出されます。ブラジルは“秩序があるカオス”なのです。
一方で日本でもロックコンサートやサッカーの試合などで物凄い人混みの中を移動する場合、たいてい、人々は沈黙しています。ボディタッチなど、まずしません。むしろ、したら怒られるでしょう。日本は“秩序のための沈黙”なのです。
文化や国民性が違うと言ったらそれまでですが、僕には“秩序のための沈黙”を求められる日本の窮屈さより、“カオスの中の秩序”のブラジルのほうが楽しかったですし、自由ですし、それでいてむしろ“安全”に思えました。実際僕らは夜分ですが安全にホテルに戻りました。

翌13日木曜日には、コートジボアール戦のある赤道直下のレシフェに飛行機で3時間半の移動です。日本の報道では特にレシフェの治安の悪さが叫ばれていましたが、全くそんなことはありませんでした。

ちなみにレシフェでの試合後の日本での報道がどんな様子だったかというと、サンパウロに帰ってからネット調べてみたら、「レシフェは治安が悪い、日本人被害」という見出しが躍っていました。でもよくよく読んでみると、1件はバッグひったくり、1件はひったくり未遂でした。これくらいなら日本でもけっこうある事件です。 おそらく日本のメディアは、先に「レシフェは治安が悪い」という結論ありきで、それを補完する事例を重箱の隅をつつくように探してきて、なんとかつじつま合わせで記事を成立させているような印象です。それで“本質”が伝わるのでしょうか? メディアの端くれとして僕も肝に命じたいと思います。 

要するに、僕らが情報から受ける思い込みというのは、モノゴト自体の善し悪しではなくて、そのモノゴトを享受する側の視聴者、リスナー、ユーザー、消費者、観客=要するに“受け手”にいかに“情報”として届いているか? に左右されてしまうのです。
受け手側がどう感じるか? これは物凄く重要です。だって受け手側があるから発信する側=送り手も発信しているわけで、受け手側に届かなかったら、送っていても意味はありません。それを理解した上でこう思います。送り手側の端くれとして。
僕らは、モノゴトの本質で判断しているだろうか。
今回のブラジル行きで、僕らは(というか少なくとも僕は)ブラジルの本質を知らないでブラジルを判断していたのだと痛切に感じました。 

《『成功の神はネガティブな狩人に降臨するーバラエティ的企画術』より 第1章2.「どうせ」「たぶん」を突き抜けろ》



 



角田陽一郎 Kakuta Yoichiro Official Site [DIVERSE]

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バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大D2)/ 著書:小説『AP』『仕事人生あんちょこ辞典』『最速で身につく世界史/日本史』『天才になる方法』『読書をプロデュース』『人生が変わるすごい地理』『出世のススメ』『運の技術』『究極の人間関係分析学カテゴライズド』他/映画「げんげ」監督/水道橋博士のメルマ旬報/週プレ連載中/メルマガDIVERSE

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